今日は何故か思い出話でも…(^^;)
もともと根っからの理数系だったのか、子供の頃から理科とか数学とかが好きだった。図鑑や百科事典を見るのが好きで、最初のページから最後のページまでをずーっと見てたりした。
小学校の頃、市の施設の科学館という所がやってる科学クラブという奴に行ってた。実験がメインで、かなり面白かった。ただ、嫌でも定期的に行かなければならなかったのが嫌だった。
中学生の頃、電卓の値段が1万切った。それから数年後、親に頼んで関数電卓を買ってもらった。当時のブルーバックスに電卓遊びの本があって、そこに書いてある遊びを色々やった。今考えると何が面白かったのかさっぱり分からないけど。
高校生の頃、学校の必須クラブ活動で数学クラブという奴を選んだ。そこにはプログラム電卓という機械があった。サイズ的にはスーパーやコンビニに置いてあるレジ位のサイズ。ジャンプ命令とか条件分岐命令とかがあって、一連の操作を自動で出来た。
当時は数学パズルに凝っていて、中には強引な力技で解くのもあって、そんな場面で大活躍してくれた。
今でも覚えてる力技タイプの奴だと「兵隊さんがいます。二人以上で小隊を組みます。ある小隊は正方形、つまり縦横同数の人数で並ぶことが出来ます。また、同数の小隊が13個+隊長さんで中隊になります。その中隊全員(中隊長さんも含めて)も正方形に並ぶことが出来ます。さて、小隊の人数は?」という奴だった。「人数」なので「自然数」という拘束条件が出て、それが厄介だった。
大学入学祝ではポケットコンピューターと言う奴を買ってもらった。当時10万位したと思う。プリンタもつけて、カセットテープのラベル印刷用プログラム組んで使ったりした。ちなみにプログラミング言語はBASIC。ゲームもした。8KB(8キロバイト)の拡張メモリが数万円したと思う。ちなみに今この文章を入力しているノートPCのメインメモリは1GB=1024MB=1024*1024KB。この差は一体何なんだろう(^^;)
大学の授業の情報処理で、大型計算機センターを使った。プログラムの授業でFORTRANでプログラムを組むという奴。その時はプログラムを紙のパンチカードに打ってた。パンチカード1枚が1ステップ。作ったプログラムをパンチャーで一枚一枚紙カードに穴を開けていく。そのカードを順番に並べて束にして、中央計算機のカードリーダーに読み込ませる。時々つまっちゃうんだな、これが(^^;)
あと、カードの束が運搬中にばらけてしまって、順番が分からなくなったりしたし。ステップ数が多いと悲惨(^^;)。対策としてカードの束の横側に太目のマジックで斜めに線を書いておくとかしてたなぁ。
運良くTSS端末使えると嬉しかった。「アテンション」キー叩いてセンターコンピュータ呼び出してJOBをエントリーする。そんな行為が楽しかった。
大学の講座に入り、機械の制御プログラムを書くことがあり、紙テープを使った事もある。あれはJIS7コードだったので、慣れると読める(^^;;;)
紙テープを引き出して「え~と、"X"," "," ","2","0","0"、あれ?一桁多いぞ」とか(^^;)
同時期、パソコンも買ってもらった。富士通のFM-77という奴。8Bit機で3.5inchのFD搭載の奴。当時二十万以上した。今考えるとコイツがその後の進路を決めた様な気もする。fortranやbasicもコイツで本格的に覚えたし、アセンブラも覚えた。Cもコイツで覚えた。周辺機器制御(テープ制御とかFDD制御とか)も覚えた。
就職して、コンピュータソフト関係の部署に配属になり、その後今に至る。
配属直後は中央大型コンピュータやオフコンがメインだったけど、今はサーバーとPC。入社した頃はPCなんて玩具としか見られていなかったのに、今ではオフコンなんて無いし(^^;;;)
な~んて話をしている時点で、もう既にオヤジかぁ。もう41だもんな。別に好きでこの年になったわけじゃないけど(^^;) ま、いいや。